2006年04月04日

4月なので飯田ブログ初挑戦です。

大亀さんのスタジオ、フロイネッツに勤め始めて3年目の飯田です。新しいものがイマイチ苦手で、ブログからもさりげなく逃げ回っていましたが、大亀さんの「飯田君も4月からブログ始めようか!」の一言で観念しました。ウダウダした文章ですが、勘弁してください。

突然ですが、父がカメラを買いました。Canon EOS Kiss Digital Nです。レンズ2本がセット。とても一眼レフとは思えないほど小さくて、軽くて、気軽に携帯できる上、簡単に解像度の高いきれいな画像が楽しめる、ものすごく良いカメラだと思います。父はもともと写真好きだったので、僕が今の仕事を始める少し前に、唐突に「写真やりたいな〜」とカメラを購入した姿を、ちょっと羨ましそうに見ていました。しかし、どんなカメラが良いのか、等の相談はしてくるものの、10年ほど前に購入したフィルムカメラのCanon Autoboyが支障なく使えるので不便がなかったこともあり、なかなかカメラ購入には踏み切りませんでした。ところが、家の近所のカメラ店が新装オープンセールをする、というチラシが父のハートに火をつけ、さらには僕の「ええカメラやし、買ってもええんちゃう?」、という言葉に背中を押され、急遽購入に踏み切ったようです。

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写真の手と顔はもちろん父。カメラの写真撮らせて、と言うと嬉しそうにレンズをこちらに向けてきました。

もともと行動的で、外を歩くのが好きな人なので、カメラ1台で趣味の範囲がかなり広がるはず。嬉しそうにカメラを触る父を見ていると、「買ってよかったなあ」とこっちまで嬉しくなってしまう今日この頃です。かわいい孫もたくさん撮って下さい。ちなみに母も退職して出歩くことが多くなってきたので、安くてコンパクトで高倍率のズームが付いて、使い方が簡単なカメラを探すようにという、かなり条件の厳しい指令が…。28歳にして未だ家に寄生しているくせに、普段他に大して役に立たない息子なので、職業上得た知識ぐらいは親のために役立てろ(母談)、とのこと。ホンマすんません。できる限りのことはさせてもらいます。どんなカメラがええかな…。

再び突然ですが、花見がしたいです。ホンマ突然ですね。例年この時期は友人とは日程が合わず、彼女もいないので、ここ数年はまったく花見をしていません。暖かくなって、桜を目にするようになると、お酒を飲みながら花見がしたくてウズウズします。ということで、今日のお昼はスタジオの近所の公園で、一人でお弁当片手にプチ花見を楽しんできました。酒抜きで。もちろん、カメラを購入した父に刺激を受けて、カメラも持って。

公園の桜の枝.jpg公園の桜.jpg

地元の奈良では、まだまだ桜は咲いていませんが、大阪はやっぱり早い!ほぼ満開の木もあり、見ごろです。日差しも暖かで、OLさんやサラリーマン、ホームレスのおじさんなど、公園もほど良く賑わっていました。良い気分転換になりました。もちろん、ちゃんと早めに切り上げて仕事に戻りましたけどね(大亀さんへのアピール)。お昼休みにプチ花見はオススメですよ。

飯田徹
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2006年04月02日

親友 トニー須田 part 2

先日、このブログで紹介した友人 須田が永住先のアメリカから帰ってきました。ブログを書いたときは青い目をしたお嫁さんと想像上で書きましたが、彼は期待を裏切らない男。
連れて帰ってくれました。文字通り青い目をしたチャーミングなお嫁さん。職業は高校の生物の先生。

広島では中学時代の陸上部と先生が中心に十数名が集まり彼を迎えました。(業務連絡・ふっさん、ぶりちゃんどうもありがといろいろ御世話になりました。) この会、先生はいち早く会場に現れ 乾杯するまでに、4杯生ビールを飲干し始まる前からええ気分やし。女性陣はほとんどが寅年生まれのおしゃべり好きな奥様方、高校教師をやっている友人は教育論を熱く語り、最近英会話を習い始めたという友人は英語で肝試し。みんなそれぞれに会話しまとまりのあるような ないようなとても楽しい会でした。このマニアックなメンバーが青い目のお嫁さんにとって初めて出会う旦那以外のネイティブ日本人。彼女の目にどんな風に映ったんでしょう。ブルー入ってたりして。この会の最後に、酔っ払いの先生「わしが定年になったら、アメリカ絶対行くけぇ。」ちどりあし状態で言っていました。「いっそのことこのメンバー全員で行くかぁ!」と大変現実味の薄い、壮大な提案が出ていましたが。
1次会、2次会と帰国後まもなくにもかかわらず、疲れた顔ひとつせず午前様。お疲れ様でした。

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中学時代よく通ったお好み焼きやさんにて、 もちろん広島式!

彼らは、横浜、広島、大阪、京都と猛スピードで駆け抜け帰国の途へ付きました。
須田、またの再会を楽しみにしています。おつかれさん。

大亀京助
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2006年03月31日

奥田政夫先生という人

「♪空お越えて〜♪」という出だしで始まる鉄腕アトムの歌、ボーイソプラノの合唱団がこの歌を歌っていることを記憶している人も多いはず。

奥田先生と私が初めて出会ったのは私が小学校4年生のときでした。夏休みの間の10日間私は地元の青少年団体が主催するサマースクールへ行くことにしました。そのサマースクールは子供たちが町を作り独自の紙幣を流通させるという画期的な企画で全国紙や雑誌、TVなどが取材に来るというある意味全国に名の知れたサマースクールでした。全国から子供たちが集まってきました。そんな中、東京から何人かの子供を引き連れやってきていたのがこの奥田先生でした。それからそのサマースクールに何年か通い、夏ごとにお会いする先生ともひたしくお付き合いさせていただくようになりました。学生の時なんか東京に行くといつも泊まらせてもらってました。先生の家は当時2匹のビーグル犬(つがい)を飼っていて、生まれた幼犬を新幹線に乗って頂きにお伺いしたりもしました。(そのビーグルはうちの実家で18年近く生きて数年前に永眠しましたが)

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奥田先生は有名な先生でした。本職は小学校の教諭。先生は東京第二師範学校(現・東京学芸大)を卒業して東京都立上高田小学校に赴任、校内で男の子ばかり集めた少年合唱団を結成。真撃的な指導が功を奏し、その合唱団は名だたる音楽コンクールで全国一位を獲得するまでに成長させました。そのご師範学校時代の先輩の依頼で1957年「赤胴鈴之助」の録音。これを契機にこの上高田は放送やCM曲の録音に引く手あまたになっていきます。
はその後 奥田先生による「上高田少年合唱団」が主題歌を歌った番組は40以上、CM曲は100曲を超えるといいます。「鉄腕アトム」「僕らは少年探偵団」「ビックX」「スーパージェッター」など。

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遅くなりました。ここからが本題です。その我らが奥田政夫先生が3月24日に東京ビックサイトで行われる「東京国際アニメフェア2006」で日本のアニメの音のパイオニアとして特別功労賞を石原東京都知事から表彰されるというのです。私は「この表彰式の写真を是非撮らせてください。」とカメラマンを名乗り出て、3月24日を迎えました。表彰式の先生はちょっと緊張気味。最後の石原都知事を囲んでの記念写真でも、ちょっと怖い顔。「先生、もっとにっこり笑って、笑って!!」の私の掛け声に先生も気がつき、笑顔が・・・!(その時石原都知事もこっちを見てなんじゃこの兄ちゃんはって顔してました。でもそんなことお構いなし。)

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奥田先生、この度は特別功労賞おめでとうございました。
これからもますますお元気でお身体にご自愛ください。
先生のハイセンスのダジャレこれからも楽しみにしてます。

大亀京助
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2006年03月21日

親友、トニー須田

この人、私の親友の一人です。中学1年生のとき始めて同じクラスになった彼は3学期のとき父親の仕事の都合で横浜に転校して行きました。なにかフィーリングがあったのでしょう。一緒のクラスで学んだ時間は短期間でしたが、その後腐れ縁となっております。ちなみに彼と私は同じクラブでした。陸上部。誰に言っても今の私の体型からは信じてもらえませんが…

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アントニオ・ガウディー建築サクラダファミリア前でのジャンプ
バロセロナにて 1984年

彼との距離が再びぐ〜んと縮まったのは1984年(当時私は大学4年生)の40日間のヨーロッパ貧乏旅行でした。ユーレールユースパス(このパスを使うと当時は西側ヨーロッパ諸国を鉄道で自由に旅ができた。もちろん2等車のみ)を使い15カ国近く廻りました。今 思い出してもいろいろな経験ができ楽しい旅でした。そのとき、彼をモデルに撮った写真を紹介します。

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創刊間もない「地球の歩き方を」片手に
当時は国別ではなくヨーロッパで1冊の本だった
グエル公園 バロセロナにて 1984年

あの旅行で国際観が養われたかどうかは不明ですが、その後彼は大学を卒業し、単身アメリカに渡りました。そして現在グリーンカードを取得した新婚の彼が、青い目をした嫁さんを連れ来週日本に里帰りします。

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エッフェル塔前 パリにて 1984年

十年ぶりに再会できることが今から楽しみです。特に新妻に期待が膨らみます。このカップルをまたブログで紹介できたらと思っております。

大亀京助

p.s 須田へ、無断で写真載せたからって怒らないよう。帰国を楽しみにしております。

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2006年03月13日

決定的瞬間

「地球最後の楽園・GALAPAGOS」本日3/13よりキヤノンギャラリー札幌にて3/24まで開催しております。この個展の巡回展も後半戦に全国のたくさんの人に見ていただきたいと思っております。お近くにお寄りの際は 是非お立ち寄りください。
詳しくは「地球最後の楽園・GALAPAGOS」公式サイトまでhttp://www.freunatz.com/galapagos

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地球最後の楽園・GALAPAGOSより

大阪のサントリーミュージアム〔天保山〕である一人の写真家の411点という膨大な数の作品が公開されています。その写真家の名はアンリ・カルティエ=ブレッソン 20世紀を代表する巨匠写真家、私の最も大好きな写真家の一人です。私が写真を撮る時なんか意識してるというか、なんというか。でも大巨匠を相手に大変失礼なことかもしれませんが、、、、
1950年代、彼の写真集「デサィシヴ・モーメント」を日本では「決定的瞬間」と約されました。この決定的瞬間とは何も事故や事件などドキュメンタリーのことを表したのではありません。彼の作品は、日常のあらゆるシーンをもライカのファインダーのなかで瞬間的に絶妙な構成がされ、その作品の中の人物や風景が私たちに語りかけてきます。これがブレッソン巨匠の「決定的瞬間」です。
私にとって彼の写真集は、バイブルと言っても言いすぎではないかも。残念ながら彼は2004年8月に享年94歳でお亡くなりになりました。お歳的には大往生ですが、新聞で訃報記事を見たときはかなりショックでした。あ〜あ、本当に伝説の写真家になっちゃったって。一度でいいからお会いしたかったです。
この写真展は4/16までやってますので是非ごらんあれ。なんか写真が撮りたいいい気持ちになれますよ。ブレッソンじゃなくて手ブレッソンぐらいにはなれるかも。

大亀京助
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2006年03月01日

写真家・清水哲朗

2005年社団法人日本写真家協会(JPS)が30歳までの〔新進写真家の発掘と活動を奨励する〕ために「名取洋之助写真賞」を設立。この賞の冠となった名取洋之助は日本におけるフォトジャーナリストの先駆者で23歳のころ留学先のヨーロッパからフォトルポルタージュを日本に導入した写真家でもあります。そんな彼にちなんでドキュメンタリーの世界で生きようとしている若者に焦点をあてた賞なのです。

その名誉ある写真賞、初代に選ばれたのが 清水哲朗君(東京在住)
マイナス30度を超える冬のモンゴルで寒さをしのぐため マンホールの中で生活している子供たちをクローズアップし取材したもので、モンゴルといえば雄大な土地で馬にまたがった騎馬民族が放牧している牛やヤギなどを追いかけまわすイメージしかなかった。彼の写真を見てかなりショックだった。ここに写っている過酷な生活をしている子供たちのあまりの自然な表情に、彼の人間の優しさが伺うことが出来る。「怖い目にも遭いそうでしたけど」と笑顔で語ってくれた。

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名取洋之助写真賞 清水哲朗 「路上少年」より

残念ながらこの写真展は3/2に終了するが、今年中には出版も。

大阪富士フォトサロン(マルビル3F)
2006年3月2日(15:00終了)まで

大亀京助
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2006年02月28日

偉大なるチャンピオンの引退

昨日2/27 ボクシング人生の集大成をかけ試合をした男がいる。その名は、徳山昌守。
大阪中央体育館で行われたWBC世界Sフライ級タイトルマッチは、かつてシドニーオリンピックの米国代表でもあった最強挑戦者、同級1位ホセ・ナバーロ(24)を観衆6000人の目の前で12回3−0の判定で破り快勝。再びチャンピオンベルトを巻いた。しかし試合後、王座返上を明言、現役引退を表明。

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私と彼との出会いは2001年の5月の初めだっただろうか。彼が韓国で行う世界戦のテレビ中継告知用ポスターの制作のため彼の通う大阪市生野区にあるボクシングジムへ向かう。ボクサーの印象はなんか怖い人。彼と会った瞬間、その印象が吹き飛ぶ。練習の間は、今まで見たことの無いような緊迫した空気が流れていた。シャワーを浴び私たちの前に現れた彼は究めて礼儀正しくさわやかで明るい青年であった。その日以来私は、彼のファンで「追っかけ」となる。今会っても、そのときとまったく変らぬ彼がいる。

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2001年9月24日vsジェリー・ペニャロサ戦のパンフレットのために撮りおろす


徳山さん、数々の苦難を乗り越えた世界戦11勝国内歴代3位、本当にお疲れ様でした。
これからの長い人生の活躍も期待しております。

大亀京助

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2006年02月26日

カニ・かに・蟹

久しぶりのブログです。
先日、東京の食を専門とする雑誌社のT氏からの電話がありました。
T氏、「すみません。大変なお仕事お願いしても良いでしょうか?」
私、「いやです。」
T氏「、、、、、、、」
私、「ちなみに何ですか?」
T氏「今度の日曜日なんですが、開いてますか?」
私、「日曜日なので開いてるといえば開いてるんですけど」
T氏「よかった。内容なんですが、漁港の水揚げのシーンを撮影してきてもらいたいんですけど」
私「えっ!それって何処で何時からですか。」
T氏「鳥取市の賀露(かろ)漁港で、朝の6時からです。」
私、「えっ、、、、、」
そんな会話があり、本日楽しく朝の6時から鳥取賀露漁港の今シーズンのカニで溢れる漁船に乗り水揚げシーンを撮影してまいりました。やはりこんな仕事をやってない限り経験のできるものではないのでカメラマン冥利に尽きます。Tさん、本当にありがとうございました。

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大亀京助
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2006年02月12日

結婚できないってほんと?

今日はこの時期になると家族サービスの年間重大行事、〔お雛様を飾る〕日となりました。なかなかこれが大変。去年までは私一人が出す係りでしたが、今年からは少し変えました。お父さんの役目は力仕事のみ。たんすの上に片付けてあった人形を下ろし 台を組み立てるところまで。その後は女の子のお祭りだけに母子女性軍二人でお雛様の飾り付けをする。「これが三人官女よ。」とか「五人ばやしはどんな楽器持ってる」とかいいながら7歳の小さい手でお雛さんたちを組み立てていきます。本来の姿はこれでなくっちゃと思いながら、結果的にはお父さんがちょっと楽してるんですけどね。

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誰が言い始めたんでしょう。「雛人形を長い間片付けづに出しておくとその家の女の子は嫁にいけないって」統計的にデータが出てたりして!!

ひな祭りが終わると次に待つ長男の5月人形がその場を譲れと言わんばかりに待ち受けております。

大亀京助

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2006年02月03日

雪の青葉城恋歌

今日は関西を抜け出し、一路 仙台へ。
キヤノンギャラリー仙台にて大亀京助写真展〔地球最後の楽園・GALAPAGOS〕が開催されております。こんな機会でもないと仙台って来ることないので、思い切って来てみました。
いつものことなのですが私、飛行機に乗ると睡魔にやられます。離陸も知らず、飛行機が着陸した振動でびっくりして目を覚ます。今日も例外ではありませんでした。体感飛行時間 大阪-仙台 約5分。こんな感じです。そしてかなりお幸せです。ふと窓の外を見てびっくり。

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雪景色でした。「らくだのパッチ忘れた!」いかになにも情報を得ず、突発的に、気分で来たのがばればれです。でもそこは「旅の途中」。この行き当たりばったりさを、楽しんでます。ほんと 雪の仙台市は綺麗ですよ。

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そして忘れてはいけないのが〔牛タン焼き〕です。ここ仙台は牛タン焼きの発祥の地とされてます。何でも昭和10年ごろ佐野啓四郎さん(平成6年没)という人が、東京での修行時代フランス人シェフからシチューなどに使う牛タンの味を教わり日本人好みの味付けに工夫し、その後故郷仙台に戻り昭和23年牛タン焼き専門店「味太助」をオープンさせたのが始まりだそうです。今では仙台市に90件近くの牛タン専門店が軒を連ねてます。(それでも一番多いときは150件あったそうです。)今日、一人寂しくお昼ごはんを食べに行った店は、牛タン焼き元祖 佐野啓四郎氏に弟子入りし、親戚でもあった今井雅宏さんがやってるお店「味太助・分店今井」25年間 啓四郎さんの下で働いたそうで それなら彼が一番元祖の味を継承しているのでは。快く写真を撮らしてくれる気さくなおっちゃんでした。

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32年間牛タン焼き一筋

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BSE問題で一時は2200円までなった昼定食、現在1200円。

あのBSE米国牛輸入禁止以降、この今井さんをはじめ仙台にある牛タン焼きやさんはモーって怒ってます。「仕入れは額は15倍に跳ね上がってるのに、売値を2倍にしたら客が来ない。大変ですよ。」と彼。以前は1000円だった昼の牛タン定食が一時は2200円になったそうです。「こんな2200円もする昼ごはん普通食べれないですよね。うなぎより高級料理になってしまいました。現在は泣き泣き1200円でご奉仕させてもらってます。」
その言葉を聞いて いつに無くお昼ごはんに満足した私はキヤノンギャラリーに戻ったのでした。牛タン最高!!!

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2006年01月30日

赤いシリーズ

私、大亀京助写真展〔地球最後の楽園・GALAPAGOS〕が本日1月30日より2月10日までキヤノンギャラリー仙台にて開かれます。銀座、大阪梅田に続いて3会場目になります。お近くにお寄りの際は是非ご覧ください。銀座、大阪会場と合計約4500人の方々(キヤノン調べによる)に観ていただき感謝しております。この個展は、仙台・札幌・名古屋・福岡とまだまだ続きます。
詳しくはhttp://www.freunetz.com/galapagos まで。

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大亀京助写真展〔地球最後の楽園・GALAPAGOS〕より

昨日、私は運転免許証の書き換えに行ってまいりました。無事故無違反の方は30分の講習で済むのですが、運転の素行が悪いため2時間の講習でした。交通安全協会の方のありがたい交通法規に関しての講義と、ビデオを2本、一本は元?F1ドライバー片山右京が教える一般道路でのマナーとテクニック。彼曰く「車の運転にアマチュアはありません。ハンドルを握る人みんながプロ意識を持ってください。」このいかにもの言葉を発した後、白のオープンカー、ソアラに乗った彼が去ってEND。何が驚いたかって、彼の超なで肩に驚きました。
二本目のビデオ。その題は「赤いランドセル」これは泣けます。小学生の少女が学校からの帰宅途中、携帯電話をしながら走っていた営業マンの車にはねられなくなってしまうというストーリー。それを事故担当の警察官からの目線で表現した、映画の東映が撮ったショートシネマ。運転中の携帯電話の使用は危ない、そして、事故の加害者も被害者もその関係する家族たち全員が不幸に、講習会場のあちらこちらですすり泣く音が聞こえました。最近特に涙腺の弱い私もはまってしまいました。この日ばかりは「なにわナンバー」の乱暴な運転の自分を考え直させられ、真新しいブルーラインの3年免許を手にし自動車免許証センターを後にした私でありました。
皆さんも車の運転にはくれぐれも気をつけましょうね。
大亀京助
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2006年01月21日

今の君はピカピカに光って

今から25年ぐらい前、私が学生だったころ、テレビではこのフレーズに乗ってダイナミックな体をした健康的な女の子が、ジーンズを脱ぎ水着に着替えるという大胆なかつ若かった私たちには楽しみな30秒があった。当時、たくさんの人の中からオーディションで選ばれコマーシャルに出演したこのCMの主人公は当時熊本大学の学生だった宮崎美子だ。私の近くに住む友人の下宿にもどこで入手したのかこのポスターが張ってあり、大変羨ましく思ったものである。このコマーシャルは大ヒット、「8時だよ全員集合」でも志村ケンがこのCMのまねをし さらに大ブレーク。そしてこのコマーシャルを流していたミノルタカメラのX7というカメラもバカ売れした。

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1980年ごろ一眼レフ全盛期だった。

当時からミノルタのカメラを使っているカメラマンというと、篠山紀信だった。彼は1983年ごろからミノルタカメラを使い三脚にカメラを3台横に並べ撮影するという手法 それを〔シノラマ〕と称し精力的に撮影をした。湯水のようにフイルムを使う彼をみて、一流スポンサーが付く有名カメラマンは何でもできるんだと思った。なんとも言えない なんかわけのわからない世界だったがかなり新鮮だった。

私の好きな写真家、アンリ・カルチエ=ブレッソン(1908-2004)は1978年日本に来たとき ミノルタが当時西ドイツのライカ社と提携して創った ライツミノルタCLを手に持っていた。そのことを聞いた瞬間、高嶺の花のこのカメラがほしくてほしくてたまらなくなり いつの日か手に入れていた。昔から物事には形から入る性格だったようだ。

今年、1月9日 関西を代表する写真家・川上緑桜氏が永遠の眠りに就いた。享年75歳だった。超望遠(ナガダマ)を含む135カメラフルセットを担ぎ山の中へ入った。生涯白サギを追い求めファインダーに収めた。その作品がニューヨーク美術館のパーマネントコレクションにも収められている。みんな隠れて「鷺師のせんせい」と呼んでいた。彼もミノルタのヘビーユーザーだった。

1月19日 コニカミノルタホールディングスは創業以来のカメラ生産を含むフォト事業部からの撤退を決めた。理由はデジタルカメラの売れ行き不振が続いているため今後立て直し不可能と判断したようだ。京セラも今年9月、カメラ生産および販売の停止を発表している。この思い出多きカメラ大ブランド〔Minolta〕〔CONTAX〕という名が伝説になろうとしていることが残念でならない。

大亀京助


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2006年01月08日

2006/01/08 スケーターズ・チェアー

六日間いたベルリンを後にして、この旅最後の地 アムステルダムに着きました。ここは20年以上も前、学生のときの貧乏旅行で来て以来。どんなに変わったかちょっと楽しみ。ベルリンでは天候が悪く、結局一度も太陽を見ることなく過ごしましたが、ここでは久しぶりの晴天。太陽の日差しが気持ちいい!そのせいか街がとても明るく見えました。これぞヨーロッパというような風景、これぞオランダ、花、チーズ、木靴、風車、運河、などオランダの風景が頭に浮かびます。そうそう英語で、Let’s go Dutch. って知ってます?オランダ人で行こう? ご存知の方も多いと思いますが、これは「割り勘にしよう!」って意味だそうです。そうなんだ、オランダ人はみんな割り勘するんだ!!よく観察しなきゃ!!!と思いつつ街中をかっ歩したのでありました。

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街中の古い教会前の広場に特設の野外スケート場がありました。気温がなかなか0度をこちらではこんな風景をよく見ます。中を見てびっくり、スケート靴を履いた足元のふらつく何人もの子供たちがいすを持って危なげに滑っていたのです。日本に言うところの 手すり掃除!こちらでは いす掃除? 見てるとコッケイな なんちゅう、グッドアイディア!
日本に帰ったら子供連れていす持ってスケート場行こうかな!?と思いたった1日でした。

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現実逃避の旅は今日では終わり。明日より日本へ戻ります。「根気のない自分」へ ある意味での挑戦でしたが毎日ブログをアップするって大変ですね。でも楽しかった。私事ですが この旅行中に〔後厄〕も明け、日本に帰ったら新たな挑戦にかける年にしたいです。皆様今年もどうかよろしく。

大亀京助
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2006年01月07日

2006/01/07 イーストサイドギャラリー

今日の午前中はベルリンの壁に行ってきました。かつてベルリンを東西に分断していた壁が1km近くイーストサイドギャラリーとして残されてます。この壁に世界中から集まったアーティストたちがこの壁をキャンパスにしてメッセージをこめて壁画を描きました。かつてはキースヘリングの書いたものもあったのですが。今では探し当てることができませんでした。あまり管理されていない場所とあってに心無い人の落書きが目立ちましたが(その中には日本語で書かれたものも)、心を打たせる作品がたくさんありました。

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昼からはベルリン在住のコーディネーターのMatsukura氏にご案内いただきトルコマーケットへ、ここはベルリンにたくさん住むトルコ人街のなかで火曜日と木曜日にできるマーケットだそうで一種異様な雰囲気に包まれたディープなところでした。日用品、海産物、穀物、布地、果物、おもちゃなど何でもそろうところです。でも店のおばさんにカメラを向けると「あっち行け!」みたいな顔されましたけどね。

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Matsukuraさん今日はどうもありがとうございました。ご馳走にもなり感謝しております。
またお会いしたいです。

大亀京助

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2006年01月06日

2006/01/06 間違いの薦め

今日はとある興味深い場所に行くためローカル線に乗りこみ少し郊外へ。ZoologischerGarten駅(ベルリンの中央駅)であらかじめ目的地を書いておいた紙を見せて切符を購入。そこから1時間ほどかかる場所だという。インフォメーションのおばさん駅員さんが親切にもチケット売り場まで付いてきて、説明してくれた。「なんて親切な人なんだろう。」無事チケットを手に入れプラットホームに急ぐ。ドイツには改札口はなくチケットを持って目的の列車に乗りこむ。中では車掌さんが来て切符のチェックを笑顔でしてくれる。(なんか〔世界の車窓から〕みたい)私の乗った車両はベビーカーや自転車の乗れる車両だった。こちらでは電車に自転車も持ち込みOKこ。もし、これが通勤なら自転車通勤?電車通勤?っとあほなことを考えながら目的地の到着を待つ。

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なんだかだんだん外の風景がかなり田舎に。目的地到着。でもなんか雰囲気が違う。あれっと駅名を再確認。ぎょえぇぇぇ〜〔Wustermark〕に来たはずが〔Wusterwitz〕にいるではないか。あの駅のオバハーン何してくれるねん。書いた駅名の字が汚かったから間違えたらしい。そこは上下線とも1時間に一本戻りの電車も行ったとこ。この場所に足を踏み入れた日本人は私が初めて?っと思うぐらい大田舎。過ぎ行く人がみんなじろじろこっちを見ている。まあ こんなことでもないとこんなとこ来んわ、と気を取り直して近くを散策。近くにスーパーマーケット発見。喉も渇いてたのでミネラルウォーターを調達に。
そこの駐車場に止めている古ぼけた一台の車発見「トラバントだっ!」この車は旧東ドイツ製のうわさではダンボールを圧縮して造ってるといわれている車。東西統一後、西の車検制度が東地区にも入り、そのお粗末なクオリティから車検に通らないためほとんどが姿を消した。案の定、ベルリン市内では一台も見ることができなかった。ある意味化石のような車だ。運転している人はどんな人なんやろう。車の前で少し待つ。そこに戻ってきたのは想像通りの化石のようなおじいちゃん。「写真とってもいい?」通じたか通じないかわからないがシャッターを切る。化石じぃが不機嫌そうな顔をしてこっちを見をみている。おじいちゃんありがと、わたしゃあんたに会えてよかったよ。

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思わぬ大収穫に間違えてくれた駅のインフォメーションのおば様に感謝したのでありました。

大亀京助

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2006年01月05日

2006/01/05 ベルリン・ベア

毎日この街を20km近くは歩くでしょうか。悲劇の歴史を乗り越え、急速に発展するベルリンには活気に溢れてます。この街をじかに体験するため今日も歩き続けます。日ごろの運動不足がたたってちょっと足が痛いけど。バイテリン入れとけばよかった。

ベルリンの名前の由来は熊です。BEARでBERLINです。で、この街ではありとあらゆるところでこの熊に出会います。といってもオブジェ熊なのです。この熊たちは何種類かあるのですが、同じ形をしています。企業や店舗が白い熊の置物を買いそれを各個性でペイントし玄関前、店先の歩道や広場に置いているのです。白熊をキャンパスに創造性を競い合ってるのです。それを見て歩くだけでもベルリンを楽しめます。もしこれ大阪でやったら、、、誰がその地代払うんやとか、落書きされたり、阪神優勝のとき道頓堀川にたくさんの熊が投げ込まれ浮いてたりして。でもこんなことできたら楽しいですね。

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まだまだ続くか旅ナマブログ!?
気合いでがんばります。

大亀京助


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2006年01月04日

2006/01/04 カラスの色は?

私事になりますが、今から18年前 大学卒業後就職した会社を辞め、デザイン会社の写真撮影部門に再就職しました。今、やってることの実質的な基礎となる第一歩でした。その時、先輩だったカメラマンにこのことを言ったところ。彼曰く「カラスは黒とちゃうで。」そのときはこのおっさん何ゆうとんんねんって感じでしたが。いやぁー!いました いました色とりどりのカラスが。

カラスが黒いのは日本の常識です。でも出会ってしまったのです。今流行のファーを身にまとった猟師のようなカラス。最初は目を疑いましたが本当にいたのです。それもそこいらじゅうに。
このカラスたちはドイツでは常識なのでしょうか。こちらの人が日本に来て真っ黒なカラスを見たらびっくりしたりして。

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カラスといえばサッカー日本代表のトレードマークはヤタガラスです。その世界の頂点を決めるワールドカップが今年このドイツで開催されます。そして決勝戦がこのベルリンで行われることになっています。さぞかしドイツは盛り上がってるんだろうなとこちらに来てみたのですが、、、ワールドカップショップや土産物屋にグッズを売っているぐらい。まだ街挙げての大騒ぎではないようです。今一番盛り上がってるのはニッポンかも。

今街ではクリスマスの後片付けが急速に進んでます。かといって急いでやってるイメージ0。ドイツの人はかなりのんびりしてますねぇ。日本では12月25日を過ぎると翌日からお正月のデコレーションになるのですから、すごいと言うか なんと言うか、、、こちらの人から見るとコッケイに見えたりして「せっかく造ったもんなんでそんなにはよう壊さなぁあかんねん」
只今、ほのぼのカルチャーショック 体感中!

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X’masツリーのイルミネーションをはずす風景

大亀京助
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2006年01月03日

2006/01/03 1月のブランデンブルグ門

ベルリンに着くといつも真っ先に行くところがあります。そこは1961年から1989年まで一度も開くことの無かった門です。ご存知の通り、当時ソ連の統治下にあった東ドイツは東ベルリンから西ベルリンに亡命する人を抑えるため境界上に全長155mの壁を造ったのです。その境界線上でベルリンの中心にあったこの門は東西冷戦時の悪い意味での象徴でした。しかし今では統一後の平和のシンボルとなったのです。この周辺ではたくさんの国から来た人たちが記念写真を撮ってました。何回も呼び止められシャッターを押さされました。最近ではデジタルカメラが多いのでちゃんと写ってるか確認してお許しが出ないと開放してもらえません。これも時代です。

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夕方のブランデンブルグ門

夕方までの撮影も日没のため無理やり終了。ホテルにカメラを置き、すぐ隣にあるそんなに高くなさそうなチャイニーズレストランへ直行。日本語のメニューは無いにしても中国語のメニューで何とか感じ取れるだろうって入った見ました。なんとかなるもんですねぇ。餃子・鳥と野菜の炒め物・焼き飯とビール。大阪で行くいつもの〔餃子の王将〕とほとんど変わらぬオーダー。出てきたのはケルンのビール、皮の分厚い餃子、一番に出てきたてんこ盛りの焼き飯、そしてもっとてんこ盛りの鳥炒め。ウワァー、ひとりじゃ食べれないなぁ。と思ったのはつかの間。そこは大食漢の私。一気にたいらげたのでありました。やっぱ、中華はアンゼンパイ。これに限ります。全世界の中華料理屋さんありがとうって感じです。

大亀京助

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2006/01/02 ニューイヤー カウントダウン イン ドイツ

外国で迎えるお正月は初めてじゃなかったのですが、ドイツ家庭のなかで迎えるのは初めてでした。うわさには聞いてたのですが、街全体が花火大会でした。ドイツの我が家も大晦日から元旦になる3分前からラジオをつけカウントダウンを待ちます。ラジオの向こうのハイテンションのDJが ツェーン・ノイン・アハト・とカウントダウン、ドラーイ・ツヴァーィ・アインツと言った瞬間 GUTES NEUES JAHR!! グーテス ノイエス ヤーレ(ドイツ語であけましておめでとう) シャンパンで乾杯!外では打ち上げ花火の音が寒空を響き渡る。負けじとわれわれも雪の積もる外へ出て打ち上げ花火と線香花火で新年を祝い馬鹿騒ぎ。日本では火を下に向けて持つ線香花火をドイツ人はみんな上に向けて持ってたのにはプチカルチャーショック。シャンパンを片手に持ったご近所さん夫婦がカンパーイとやって来る。親戚、親しい友人からの新年の挨拶電話が鳴り止まない。

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20年以上仲良くしてもらってるホルストさん

皆様、そして私たちにとって2006年が幸運な素晴らしい年でありますよう心から祈りつつ。

今日はHANNOVERのみんなと別れ一路ベルリンへ。また「旅の途中」が始まります。

HANNOVERからBERLINに向かうICE(ドイツ新幹線)にて
大亀京助
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2006年01月02日

2005.12.31 真夜中のベルリン到着

イヤーまいりました。昨日アムスの空港からブログ配信した後、空港は猛吹雪。あっという間にさっき見えてた窓の外の飛行機が雪でまったく見えなくなってしまったのです。搭乗ゲートではなにやらあわただしい様子。結局、天候の回復を待つために18:30の搭乗予定が19:30に変更。多くの人が、窓の外を恨めしそうに見てました。このまま天気が回復せず、欠航になったらどうしょう。ベルリンのホテルも予約してあるのにめんどくさいなぁと思ってたところ19:30と離陸できますとのアナウンス。こんな天候の中離陸できるなんてさすが雪の多いヨーロッパの大空港。しかし、ここからが大変でした。定員100人たらずの小さなジェット機、搭乗してから離陸するまで待つこと3時間、天候回復まで飛行機の中で待つことになったのです。騙しやでこれ!ほとんどヨーロッパ人の中に日本人一人私だけ。こちらの人はおおらかで、忍耐強い、こんなことが日本であったら何人かは乗員に詰め寄るでしょう。誰一人としてそんな行動に出る人は無し。離陸する前にエコノミー症候群にかかりそうでした。結局ベルリンに着いたのが定刻の4時間遅れ。日付かわる12時の到着となったのです。それでも何とかベルリンのホテルにチェックイン。ほっとして、この旅初めてのドイツビールにありつけたのです。めでたしめでたし。

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ベルリンのホテルの窓から見た外の風景

一夜明け今日は大晦日、ベルリンに着いたのもつかの間、今日はICE(ドイツの新幹線)に乗り20年来の友人 ドイツ人の家族に会うため一路HANNOVERへ。年明けカウントダウンを一緒にすることになってます。

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ICEの中でであった子供

2005年、今年はいろいろお世話になりありがとうございました。皆様よいお正月をお迎えください。そしてこのひとり旅出発にあたり協力してくれた家族たちに感謝しつつ。

「旅の途中」HANNVER向かうICEより。
 大亀京助
posted by フロイネッツ at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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