2006年04月04日

4月なので飯田ブログ初挑戦です。

大亀さんのスタジオ、フロイネッツに勤め始めて3年目の飯田です。新しいものがイマイチ苦手で、ブログからもさりげなく逃げ回っていましたが、大亀さんの「飯田君も4月からブログ始めようか!」の一言で観念しました。ウダウダした文章ですが、勘弁してください。

突然ですが、父がカメラを買いました。Canon EOS Kiss Digital Nです。レンズ2本がセット。とても一眼レフとは思えないほど小さくて、軽くて、気軽に携帯できる上、簡単に解像度の高いきれいな画像が楽しめる、ものすごく良いカメラだと思います。父はもともと写真好きだったので、僕が今の仕事を始める少し前に、唐突に「写真やりたいな〜」とカメラを購入した姿を、ちょっと羨ましそうに見ていました。しかし、どんなカメラが良いのか、等の相談はしてくるものの、10年ほど前に購入したフィルムカメラのCanon Autoboyが支障なく使えるので不便がなかったこともあり、なかなかカメラ購入には踏み切りませんでした。ところが、家の近所のカメラ店が新装オープンセールをする、というチラシが父のハートに火をつけ、さらには僕の「ええカメラやし、買ってもええんちゃう?」、という言葉に背中を押され、急遽購入に踏み切ったようです。

カメラ.jpgカメラ構え.jpg
写真の手と顔はもちろん父。カメラの写真撮らせて、と言うと嬉しそうにレンズをこちらに向けてきました。

もともと行動的で、外を歩くのが好きな人なので、カメラ1台で趣味の範囲がかなり広がるはず。嬉しそうにカメラを触る父を見ていると、「買ってよかったなあ」とこっちまで嬉しくなってしまう今日この頃です。かわいい孫もたくさん撮って下さい。ちなみに母も退職して出歩くことが多くなってきたので、安くてコンパクトで高倍率のズームが付いて、使い方が簡単なカメラを探すようにという、かなり条件の厳しい指令が…。28歳にして未だ家に寄生しているくせに、普段他に大して役に立たない息子なので、職業上得た知識ぐらいは親のために役立てろ(母談)、とのこと。ホンマすんません。できる限りのことはさせてもらいます。どんなカメラがええかな…。

再び突然ですが、花見がしたいです。ホンマ突然ですね。例年この時期は友人とは日程が合わず、彼女もいないので、ここ数年はまったく花見をしていません。暖かくなって、桜を目にするようになると、お酒を飲みながら花見がしたくてウズウズします。ということで、今日のお昼はスタジオの近所の公園で、一人でお弁当片手にプチ花見を楽しんできました。酒抜きで。もちろん、カメラを購入した父に刺激を受けて、カメラも持って。

公園の桜の枝.jpg公園の桜.jpg

地元の奈良では、まだまだ桜は咲いていませんが、大阪はやっぱり早い!ほぼ満開の木もあり、見ごろです。日差しも暖かで、OLさんやサラリーマン、ホームレスのおじさんなど、公園もほど良く賑わっていました。良い気分転換になりました。もちろん、ちゃんと早めに切り上げて仕事に戻りましたけどね(大亀さんへのアピール)。お昼休みにプチ花見はオススメですよ。

飯田徹
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2006年04月02日

親友 トニー須田 part 2

先日、このブログで紹介した友人 須田が永住先のアメリカから帰ってきました。ブログを書いたときは青い目をしたお嫁さんと想像上で書きましたが、彼は期待を裏切らない男。
連れて帰ってくれました。文字通り青い目をしたチャーミングなお嫁さん。職業は高校の生物の先生。

広島では中学時代の陸上部と先生が中心に十数名が集まり彼を迎えました。(業務連絡・ふっさん、ぶりちゃんどうもありがといろいろ御世話になりました。) この会、先生はいち早く会場に現れ 乾杯するまでに、4杯生ビールを飲干し始まる前からええ気分やし。女性陣はほとんどが寅年生まれのおしゃべり好きな奥様方、高校教師をやっている友人は教育論を熱く語り、最近英会話を習い始めたという友人は英語で肝試し。みんなそれぞれに会話しまとまりのあるような ないようなとても楽しい会でした。このマニアックなメンバーが青い目のお嫁さんにとって初めて出会う旦那以外のネイティブ日本人。彼女の目にどんな風に映ったんでしょう。ブルー入ってたりして。この会の最後に、酔っ払いの先生「わしが定年になったら、アメリカ絶対行くけぇ。」ちどりあし状態で言っていました。「いっそのことこのメンバー全員で行くかぁ!」と大変現実味の薄い、壮大な提案が出ていましたが。
1次会、2次会と帰国後まもなくにもかかわらず、疲れた顔ひとつせず午前様。お疲れ様でした。

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中学時代よく通ったお好み焼きやさんにて、 もちろん広島式!

彼らは、横浜、広島、大阪、京都と猛スピードで駆け抜け帰国の途へ付きました。
須田、またの再会を楽しみにしています。おつかれさん。

大亀京助
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2006年03月31日

奥田政夫先生という人

「♪空お越えて〜♪」という出だしで始まる鉄腕アトムの歌、ボーイソプラノの合唱団がこの歌を歌っていることを記憶している人も多いはず。

奥田先生と私が初めて出会ったのは私が小学校4年生のときでした。夏休みの間の10日間私は地元の青少年団体が主催するサマースクールへ行くことにしました。そのサマースクールは子供たちが町を作り独自の紙幣を流通させるという画期的な企画で全国紙や雑誌、TVなどが取材に来るというある意味全国に名の知れたサマースクールでした。全国から子供たちが集まってきました。そんな中、東京から何人かの子供を引き連れやってきていたのがこの奥田先生でした。それからそのサマースクールに何年か通い、夏ごとにお会いする先生ともひたしくお付き合いさせていただくようになりました。学生の時なんか東京に行くといつも泊まらせてもらってました。先生の家は当時2匹のビーグル犬(つがい)を飼っていて、生まれた幼犬を新幹線に乗って頂きにお伺いしたりもしました。(そのビーグルはうちの実家で18年近く生きて数年前に永眠しましたが)

上高田少年合唱団イメージ.jpg

奥田先生は有名な先生でした。本職は小学校の教諭。先生は東京第二師範学校(現・東京学芸大)を卒業して東京都立上高田小学校に赴任、校内で男の子ばかり集めた少年合唱団を結成。真撃的な指導が功を奏し、その合唱団は名だたる音楽コンクールで全国一位を獲得するまでに成長させました。そのご師範学校時代の先輩の依頼で1957年「赤胴鈴之助」の録音。これを契機にこの上高田は放送やCM曲の録音に引く手あまたになっていきます。
はその後 奥田先生による「上高田少年合唱団」が主題歌を歌った番組は40以上、CM曲は100曲を超えるといいます。「鉄腕アトム」「僕らは少年探偵団」「ビックX」「スーパージェッター」など。

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遅くなりました。ここからが本題です。その我らが奥田政夫先生が3月24日に東京ビックサイトで行われる「東京国際アニメフェア2006」で日本のアニメの音のパイオニアとして特別功労賞を石原東京都知事から表彰されるというのです。私は「この表彰式の写真を是非撮らせてください。」とカメラマンを名乗り出て、3月24日を迎えました。表彰式の先生はちょっと緊張気味。最後の石原都知事を囲んでの記念写真でも、ちょっと怖い顔。「先生、もっとにっこり笑って、笑って!!」の私の掛け声に先生も気がつき、笑顔が・・・!(その時石原都知事もこっちを見てなんじゃこの兄ちゃんはって顔してました。でもそんなことお構いなし。)

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奥田先生、この度は特別功労賞おめでとうございました。
これからもますますお元気でお身体にご自愛ください。
先生のハイセンスのダジャレこれからも楽しみにしてます。

大亀京助
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2006年03月21日

親友、トニー須田

この人、私の親友の一人です。中学1年生のとき始めて同じクラスになった彼は3学期のとき父親の仕事の都合で横浜に転校して行きました。なにかフィーリングがあったのでしょう。一緒のクラスで学んだ時間は短期間でしたが、その後腐れ縁となっております。ちなみに彼と私は同じクラブでした。陸上部。誰に言っても今の私の体型からは信じてもらえませんが…

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アントニオ・ガウディー建築サクラダファミリア前でのジャンプ
バロセロナにて 1984年

彼との距離が再びぐ〜んと縮まったのは1984年(当時私は大学4年生)の40日間のヨーロッパ貧乏旅行でした。ユーレールユースパス(このパスを使うと当時は西側ヨーロッパ諸国を鉄道で自由に旅ができた。もちろん2等車のみ)を使い15カ国近く廻りました。今 思い出してもいろいろな経験ができ楽しい旅でした。そのとき、彼をモデルに撮った写真を紹介します。

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創刊間もない「地球の歩き方を」片手に
当時は国別ではなくヨーロッパで1冊の本だった
グエル公園 バロセロナにて 1984年

あの旅行で国際観が養われたかどうかは不明ですが、その後彼は大学を卒業し、単身アメリカに渡りました。そして現在グリーンカードを取得した新婚の彼が、青い目をした嫁さんを連れ来週日本に里帰りします。

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エッフェル塔前 パリにて 1984年

十年ぶりに再会できることが今から楽しみです。特に新妻に期待が膨らみます。このカップルをまたブログで紹介できたらと思っております。

大亀京助

p.s 須田へ、無断で写真載せたからって怒らないよう。帰国を楽しみにしております。

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2006年03月13日

決定的瞬間

「地球最後の楽園・GALAPAGOS」本日3/13よりキヤノンギャラリー札幌にて3/24まで開催しております。この個展の巡回展も後半戦に全国のたくさんの人に見ていただきたいと思っております。お近くにお寄りの際は 是非お立ち寄りください。
詳しくは「地球最後の楽園・GALAPAGOS」公式サイトまでhttp://www.freunatz.com/galapagos

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地球最後の楽園・GALAPAGOSより

大阪のサントリーミュージアム〔天保山〕である一人の写真家の411点という膨大な数の作品が公開されています。その写真家の名はアンリ・カルティエ=ブレッソン 20世紀を代表する巨匠写真家、私の最も大好きな写真家の一人です。私が写真を撮る時なんか意識してるというか、なんというか。でも大巨匠を相手に大変失礼なことかもしれませんが、、、、
1950年代、彼の写真集「デサィシヴ・モーメント」を日本では「決定的瞬間」と約されました。この決定的瞬間とは何も事故や事件などドキュメンタリーのことを表したのではありません。彼の作品は、日常のあらゆるシーンをもライカのファインダーのなかで瞬間的に絶妙な構成がされ、その作品の中の人物や風景が私たちに語りかけてきます。これがブレッソン巨匠の「決定的瞬間」です。
私にとって彼の写真集は、バイブルと言っても言いすぎではないかも。残念ながら彼は2004年8月に享年94歳でお亡くなりになりました。お歳的には大往生ですが、新聞で訃報記事を見たときはかなりショックでした。あ〜あ、本当に伝説の写真家になっちゃったって。一度でいいからお会いしたかったです。
この写真展は4/16までやってますので是非ごらんあれ。なんか写真が撮りたいいい気持ちになれますよ。ブレッソンじゃなくて手ブレッソンぐらいにはなれるかも。

大亀京助
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2006年03月01日

写真家・清水哲朗

2005年社団法人日本写真家協会(JPS)が30歳までの〔新進写真家の発掘と活動を奨励する〕ために「名取洋之助写真賞」を設立。この賞の冠となった名取洋之助は日本におけるフォトジャーナリストの先駆者で23歳のころ留学先のヨーロッパからフォトルポルタージュを日本に導入した写真家でもあります。そんな彼にちなんでドキュメンタリーの世界で生きようとしている若者に焦点をあてた賞なのです。

その名誉ある写真賞、初代に選ばれたのが 清水哲朗君(東京在住)
マイナス30度を超える冬のモンゴルで寒さをしのぐため マンホールの中で生活している子供たちをクローズアップし取材したもので、モンゴルといえば雄大な土地で馬にまたがった騎馬民族が放牧している牛やヤギなどを追いかけまわすイメージしかなかった。彼の写真を見てかなりショックだった。ここに写っている過酷な生活をしている子供たちのあまりの自然な表情に、彼の人間の優しさが伺うことが出来る。「怖い目にも遭いそうでしたけど」と笑顔で語ってくれた。

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名取洋之助写真賞 清水哲朗 「路上少年」より

残念ながらこの写真展は3/2に終了するが、今年中には出版も。

大阪富士フォトサロン(マルビル3F)
2006年3月2日(15:00終了)まで

大亀京助
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2006年02月28日

偉大なるチャンピオンの引退

昨日2/27 ボクシング人生の集大成をかけ試合をした男がいる。その名は、徳山昌守。
大阪中央体育館で行われたWBC世界Sフライ級タイトルマッチは、かつてシドニーオリンピックの米国代表でもあった最強挑戦者、同級1位ホセ・ナバーロ(24)を観衆6000人の目の前で12回3−0の判定で破り快勝。再びチャンピオンベルトを巻いた。しかし試合後、王座返上を明言、現役引退を表明。

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私と彼との出会いは2001年の5月の初めだっただろうか。彼が韓国で行う世界戦のテレビ中継告知用ポスターの制作のため彼の通う大阪市生野区にあるボクシングジムへ向かう。ボクサーの印象はなんか怖い人。彼と会った瞬間、その印象が吹き飛ぶ。練習の間は、今まで見たことの無いような緊迫した空気が流れていた。シャワーを浴び私たちの前に現れた彼は究めて礼儀正しくさわやかで明るい青年であった。その日以来私は、彼のファンで「追っかけ」となる。今会っても、そのときとまったく変らぬ彼がいる。

徳山伊勢.jpg
2001年9月24日vsジェリー・ペニャロサ戦のパンフレットのために撮りおろす


徳山さん、数々の苦難を乗り越えた世界戦11勝国内歴代3位、本当にお疲れ様でした。
これからの長い人生の活躍も期待しております。

大亀京助

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2006年02月26日

カニ・かに・蟹

久しぶりのブログです。
先日、東京の食を専門とする雑誌社のT氏からの電話がありました。
T氏、「すみません。大変なお仕事お願いしても良いでしょうか?」
私、「いやです。」
T氏「、、、、、、、」
私、「ちなみに何ですか?」
T氏「今度の日曜日なんですが、開いてますか?」
私、「日曜日なので開いてるといえば開いてるんですけど」
T氏「よかった。内容なんですが、漁港の水揚げのシーンを撮影してきてもらいたいんですけど」
私「えっ!それって何処で何時からですか。」
T氏「鳥取市の賀露(かろ)漁港で、朝の6時からです。」
私、「えっ、、、、、」
そんな会話があり、本日楽しく朝の6時から鳥取賀露漁港の今シーズンのカニで溢れる漁船に乗り水揚げシーンを撮影してまいりました。やはりこんな仕事をやってない限り経験のできるものではないのでカメラマン冥利に尽きます。Tさん、本当にありがとうございました。

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大亀京助
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2006年02月12日

結婚できないってほんと?

今日はこの時期になると家族サービスの年間重大行事、〔お雛様を飾る〕日となりました。なかなかこれが大変。去年までは私一人が出す係りでしたが、今年からは少し変えました。お父さんの役目は力仕事のみ。たんすの上に片付けてあった人形を下ろし 台を組み立てるところまで。その後は女の子のお祭りだけに母子女性軍二人でお雛様の飾り付けをする。「これが三人官女よ。」とか「五人ばやしはどんな楽器持ってる」とかいいながら7歳の小さい手でお雛さんたちを組み立てていきます。本来の姿はこれでなくっちゃと思いながら、結果的にはお父さんがちょっと楽してるんですけどね。

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誰が言い始めたんでしょう。「雛人形を長い間片付けづに出しておくとその家の女の子は嫁にいけないって」統計的にデータが出てたりして!!

ひな祭りが終わると次に待つ長男の5月人形がその場を譲れと言わんばかりに待ち受けております。

大亀京助

posted by フロイネッツ at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月03日

雪の青葉城恋歌

今日は関西を抜け出し、一路 仙台へ。
キヤノンギャラリー仙台にて大亀京助写真展〔地球最後の楽園・GALAPAGOS〕が開催されております。こんな機会でもないと仙台って来ることないので、思い切って来てみました。
いつものことなのですが私、飛行機に乗ると睡魔にやられます。離陸も知らず、飛行機が着陸した振動でびっくりして目を覚ます。今日も例外ではありませんでした。体感飛行時間 大阪-仙台 約5分。こんな感じです。そしてかなりお幸せです。ふと窓の外を見てびっくり。

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雪景色でした。「らくだのパッチ忘れた!」いかになにも情報を得ず、突発的に、気分で来たのがばればれです。でもそこは「旅の途中」。この行き当たりばったりさを、楽しんでます。ほんと 雪の仙台市は綺麗ですよ。

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そして忘れてはいけないのが〔牛タン焼き〕です。ここ仙台は牛タン焼きの発祥の地とされてます。何でも昭和10年ごろ佐野啓四郎さん(平成6年没)という人が、東京での修行時代フランス人シェフからシチューなどに使う牛タンの味を教わり日本人好みの味付けに工夫し、その後故郷仙台に戻り昭和23年牛タン焼き専門店「味太助」をオープンさせたのが始まりだそうです。今では仙台市に90件近くの牛タン専門店が軒を連ねてます。(それでも一番多いときは150件あったそうです。)今日、一人寂しくお昼ごはんを食べに行った店は、牛タン焼き元祖 佐野啓四郎氏に弟子入りし、親戚でもあった今井雅宏さんがやってるお店「味太助・分店今井」25年間 啓四郎さんの下で働いたそうで それなら彼が一番元祖の味を継承しているのでは。快く写真を撮らしてくれる気さくなおっちゃんでした。

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32年間牛タン焼き一筋

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BSE問題で一時は2200円までなった昼定食、現在1200円。

あのBSE米国牛輸入禁止以降、この今井さんをはじめ仙台にある牛タン焼きやさんはモーって怒ってます。「仕入れは額は15倍に跳ね上がってるのに、売値を2倍にしたら客が来ない。大変ですよ。」と彼。以前は1000円だった昼の牛タン定食が一時は2200円になったそうです。「こんな2200円もする昼ごはん普通食べれないですよね。うなぎより高級料理になってしまいました。現在は泣き泣き1200円でご奉仕させてもらってます。」
その言葉を聞いて いつに無くお昼ごはんに満足した私はキヤノンギャラリーに戻ったのでした。牛タン最高!!!

posted by フロイネッツ at 15:40| Comment(7) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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